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横浜地方裁判所 昭和41年(ヨ)925号 判決

申請人

吉田裕昱

申請人

高橋赫蔵

右申請人等代理人

久保田昭夫

外四名

被申請人

日本ナショナル金銭登録機株式会社

右代表者

石川繁一

右訴訟代理人

矢野範二

外二名

主文

申請人等が被申請人に対して労働契約上の地位を有することを確認する。

被申請人は昭和四一年一〇月二九日以降本案判決確定に至るまで毎月二〇日限り一カ月につき申請人吉田裕昱に対し金三万〇五〇〇円、同高橋赫蔵に対し金二万五四〇〇円宛を仮に支払え。

申請費用は被申請人の負担とする。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

一、申請人等

主文と同旨の裁判を求めた。

二、被申請人

申請人等の本件申請をいずれも却下する。申請費用は申請人等の負担とするとの裁判を求めた。

第二、申請人等の申請の理由

一、被申請人は、金銭登録機、加算機、会計機、電子計算機等のメーカーとして著名な米国のナショナル・キャッシュ・レジスター・カンパニー(以下「NCR本社」という。)が日本における事業を行うために設立した資本金四〇億円の株式会社であつて、右事務機の製造、販売、修理等を営むことを主たる目的として、神奈川県中郡大磯町丸山二、三三三番地に大磯工場を、東京都大田区仲六郷一丁目一五番二号に蒲田工場をそれぞれ有し、都内各所をはじめ全国主要都市に六五カ所の営業所を設けるほか、神奈川県相模原市上溝字丁六号六、〇九七番地にNCR技術研究所を置き、従業員約四、四〇〇名をもつてその業務を遂行しているものであり、うち大磯工場は、金銭登録機、加算機等の製造、組立工場として昭和三二年一〇月一五日に創設されたもので、米国NCR本社派遣の工場長のもとに八部(工作部、検査部、生産管理部、工務部、技術研究部、治工具部、総務部)、一室(工場長室)、三〇課に分れてその業務を遂行し、昭和四二年一月二〇日現在の同工場の従業員数は一、〇〇六名(内男子七四二名、女子二六四名)である。〈中略〉

右ステッカーに書かれた内容の大部分は、職場の不満ないし要求を表示したものであるが、これは従業員の実際の気持とは余りにもかけ離れたものであつた。にも拘らずこれを職場全体の不満ないし要求であるかの如く書きたて、事情を知らない世間一般大衆に対し、あたかもこれがために闘争中であるかの如く訴えたことは、その端的に表現された簡単な文句と相まつて、アメリカ資本系列に属する被申請人会社が、いかにも劣悪な労働条件のもとで日本人労働者を酷使しているが如き誤つた印象を強く与えるものであつた。そのうちでも「ナショ金はアメリカの植民地だ」「毛唐のドレイはいやだナショ金」「NCRには自由はないナショ金」「アメリカ人はいなくても仕事はできるぞナショ金」「アメリカはナショ金から出て行け」「我々の労働力をアメリカへ持つて行くなナショ金」「ブラブラ職制を追いはらえ」「トイレぐらい自由にさせろ!ナショ金」「トイレの時間迄計るナショナル金銭」「オバQもびつくりナショ金の安月給」「利子におわれる会社の住宅資金ナショ金」等のステッカーの内容は極めて不穏当であり、明らかに言論の自由の範囲を逸脱し、会社を誹謗し、会社の信用を毀損するばかりか、会社および社員の体面を著るしく汚す悪質なものであつた。〈中略〉

右ビラの記載内容のうち、「ストップウオッチで作業の一挙一動を「秒」単位で計られた標準作業時間により一日「四五〇分」しばられ、ベルトコンベアで手の休む時もなく、ちよつと話をすれば職制ににらまれ、トイレが長いと怒られる。」「冷房設備もなく娯楽室、休憩室もありません。家族手当なし、住宅手当なしの賃金は、二六才で手取り二万二、〇〇〇円の人や二六才子供一人で二万五、五〇〇円、女性では勤続七年目で一万八、五〇〇円と戦後日本NCRが復興した当時三〇万の資本金が二〇年後の今日四〇億円と実に千三百倍に対してあまりに無視されすぎます。」「なぜアメリカNCRが中島町長をもてなしたのでしようか。それはナショ金が大磯に進出した時に大磯町から莫大な利益をうけているからです。その第一は工場の敷地代の五八パーセント、三、五〇〇万円を町が払つてやりました。その金がないのでヤミ起債といつてもぐりの借金をしました(この借金は毎年返し、三九年にようやく返済し終えたのです。)。第二に固定資産税を五年間タダにしました。これだけで八千万円もナショ金にもうけさせた計算です。これは町民が一戸当り約二万円ずつナショ金にくれてやつたと同じです。―これを全べて町民のみなさんの税金によつてまかなわれたのです。」「私達を低賃金、合理化でしぼり上げ、さらに大磯町のみなさんの家計からしぼり出した税金で「のうのう」としているのがナショナル金銭登録機なのです。」との部分は、全体として甚だしく事実を歪曲し、被申請人会社に対する世間一般の認識を誤らせ、その名誉、信用を著るしく傷つけるものであり、さらに右のうち大磯町政批判の部分は、町長を中心とする大磯町政に対し、いわれなき中傷、誹謗を加えるものであつて、会社および社員の体面を著しく汚すものである。〈中略〉

申請人等の指導する大磯支部は、昭和四一年度夏期一時金等の闘争に関する教宣資料として「蒲田スクールではスクール新聞を発行してコントに「日本人重役とカケて何とトク、飼猫とトク、その心は犬よりも劣る」と書いたら、一人々々にこれは誰が書いたか、お前はどう思うかなどと聞いて歩いた」云々と記載したビラ多数を作成し、これを昭和四一年六月一三日大磯工場内において終業後退社する従業員を対象に配付し、ついで同月一八日発行の「おはようみなさん(第三一七号)」にも「蒲田スクール生に攻撃がかけられた」との見出しを掲げ、スクール生に対し不当な攻撃がかけられたビラの内容は「皆んなでコントを読んでコントこそトコトンまで斗おう。」「一発回答とかけて最近のテレビ番組と解く、その心は全然魅力がない」「NCRマンの生活とかけてこわれたテレビと解く、その心は非常に不安定である」「日本人重役とかけて飼い猫と解く、その心は犬にもおとる。」というものであるとして、改めてコントの全文を紹介し、これを同日朝大磯工場内において出勤して来た従業員を対象に多数配付した。〈後略〉

理由

一、被申請人会社が申請人等主張のように金銭登録機、加算機、会計機、電子計算機等のメーカーとして著名な米国のNCR本社が日本における事業を行うために設立した資本金四〇億円の株式会社であつて、右事務機の製造、販売、修理等を営むことを主たる目的として神奈川県大磯町に大磯工場を、東京都大田区仲六郷に蒲田工場をそれぞれ有しているほか都内各所をはじめ全国主要都市に六五カ所の営業所を設け、神奈川県相模原市にNCR技術研究所を置き、従業員約四、四〇〇名をもつてその業務を遂行しており、うち大磯工場は金銭登録機、加算機等の製造、組立工場として昭和三二年一〇月一五日創設され、米国NCR本社派遣の工場長のもとに八部一室三〇課に分かれてその業務を遂行し、昭和四二年一月二〇日現在の同工場の従業員数は一、〇〇六名であること(申請の理由第一項の事実)、申請人吉田は昭和三五年一〇月一〇日被申請人会社に期限の定めなく雇傭されて直ちに大磯工場検査部検査課に配属され、以来製品検査係(ファイナル・インスペクター)として同課に勤務していたもの、申請人高橋は昭和三七年四月二日被申請人会社に期限の定めなく雇傭されて直ちに大磯工場組立部組立第二課に配属され、以来組立係(アセンブラー)として同課に勤務していたものであること(同第二項の事実)、被申請人会社が昭和四一年一〇月二八日申請人等をいずれも諭旨解雇する旨の意思表示をなしたこと(同第三項の事実)はいずれも当事者間に争いがない。

二、申請人等は本件解雇の意思表示は不当労働行為として無効である旨主張するので以下被申請人の解雇事由につき順次判断することとする。

(一)  昭和四一年五月一一日夜および一二日の夜の二回に亘り大磯工場の入口に当る国道一号線沿いの国鉄ガード下コンクリート壁、バイパス陸橋の橋桁および同国道登記所前バス停留所附近から花水川バス停留所附近に至る一帯の電柱、民家の塀に百数十枚のステッカーが糊で貼付されたことは当事者間に争いがない。

被申請人はこれらステッカーの内容の大部分は会社を誹謗し、会社の信用を毀損するばかりか会社および社員の体面を著るしく汚す悪質なものであり、申請人等支部組合執行部が実行したものである旨主張するので検討するに、〈証拠〉によると、右ステッカーには主として昭和四一年度夏期一時金等に関連する要求および職場の不満や要求が記載されていること、その中にまじつて被申請人主張のような「ナショ金はアメリカの植民地だ」「毛唐のドレイはいやだナショ金」「アメリカ人はいなくても仕事はできるぞナショ金」「アメリカはナショ金から出て行け」「我々の労働力をアメリカへ持つて行くなナショ金」等の文言のものが含まれていることが疎明されるところ、本件全疎明によつても、右ステッカーの作成および貼付は、申請人等がこれに直接関与したものとは認め難く、かつ組合活動を逸脱した行為とは言えない。

すなわち〈証拠〉によると、昭和四一年五月一七日付組合機関紙「はぐるま」の紙面上に大磯支部に関し「会社の囲りに要求内容を書いたステッカーが沢山貼られている」として本件ステッカーについての記載があり、前記貼付されたステッカーに記載された職場に関する不満や要求がすべて大磯支部が発行している「おはようみなさん」に記載されているものと同一であること、昭和四一年五月一一日午後八時三四分ころ被申請人会社の山口警備員が組合事務所で申請人吉田等数名がステッカーらしきものを書いているのを目撃したこと、同日午後八時四八分ころ、被申請人会社の近藤、小川両警備員が申請人吉田等七名が工場正面入口の警備員室前を通つて退去していつた際七名の中の一名が三、四〇センチ巾の紙束を包装紙で捲いて左手に抱えて持つて行くのを目撃したこと、その後同日午後一一時三〇分ころ同警備員が附近を巡回した際にステッカーが貼られているのを発見したこと以上の事実を一応認めることができ他に右に反する疎明はない。

右一応の認定事実によれば、本件ステッカーの貼付について支部組合員がこれをなしたと推認することができ、しかも申請人等は右組合の中心的人物であることから同人等がこれに関与したであろうことも推認し得るところであるけれども、前記事実から窺えるように、申請人等が本件ステッカーの作成および貼付に具体的にいかなる関与をなしたか明確でなく、また本件ステッカーの内容は、いずれも被申請人に対する各記載者の評価というべきであつて、その記載内容に多少穏当を欠く部分が存することは否めないとしても、全体として一応正当な組合活動の一環というべきであつて、懲戒処分の事由とはなし得ないものというべきである。

(二)  次に支部が被申請人主張のようなビラを作成し、大磯町北下町を中心とする約三〇〇軒以上の民家に各戸別に配付したこと、そして右ビラの記載内容に被申請人主張のとおりの文言が存することはいずれも当事者間に争いがない。ところで被申請人は右文言は全体として甚だしく事実を歪曲し、被申請人会社および社員の体面を著るしく汚すものである旨主張するので、被申請人の主張するビラ記載の文言を検討すると、〈証拠〉によると、当時大磯工場においてはベルトコンベア式による流れ作業が一部で採用されており、その比率は全体の二パーセント程度であること、右流れ作業にはトイレその他緊急の用事の際には交替要員も配置されていたこと、また大磯工場には図書室は存するが、冷房設備、娯楽室、休憩室名義の施設は存しないこと、被申請人会社の給与体系は、その組織上の特殊事情から我国の民間企業のそれと若干異つているが、当時二六才であつた申請人吉田は勤続六年弱で妻および子供一人を抱え、一カ月賃金二万五、五〇〇円であり、勤続七年目で一カ月の賃金一万八、五〇〇円の女性社員も現実には存したこと、また大磯町は町の発展のため町議会の議決に基づく工場誘致策の一貫として、被申請人会社工場を同町に誘致したものであるところ、同町としては右誘致後、同工場から固定資産税等により年間二千万円の収入が見込まれるところから、右工場敷地所有者、耕作者、建物所有者等に対し、その生活補償費として金三、五〇〇万円を支払つたこと、誘致条件としてなされた固定資産税の免除額も、土地につき昭和三一年以降四年間分合計一〇〇万円弱、家屋および機械等につき昭和三二年度および昭和三三年度の計二、四七〇万円の合計二、五七〇万円余にすぎないこと、以上の事実を一応認めることができ他に右疎明を覆すに足りる疎明はない。

なるほど〈証拠〉によれば、本件ビラに記載された被申請人会社社員の給与金額は、社歴の浅い者または特殊な職種の一部の者の賃金であることが窺えるけれども、さりとて右ビラ記載の賃金額が全く根拠の存しないものであるとの疎明はない。

右疎明の事実および本件ビラを配付した動機が、〈証拠〉から一応認められるように、支部の昭和四一年度夏期一時金闘争に関して地域住民の理解と支持を得るための宣伝活動としてなされたこと等を総合的に考慮すると、なるほど本件ビラの内容は一部誇大に亘つていることは否めないが、その活動目的と対比して全体としてみると、なお正当な組合活動と評価すべきであつて、これをもつて申請人両名に対する解雇の事由とはなし得ないものというべきである。

(三)  次に、大磯工場従業員に配付したビラ記載のコントについて検討するに、申請人等の指導する大磯支部において、被申請人主張のようなコントを記載したビラを作成し、被申請人主張の日時にこれを配付したことはいずれも当事者間に争いがない。

ところで〈証拠〉によると、被申請人会社はその株式の七〇パーセントを米国NCR社が保有する外資会社であるところから、同社から派遣される外国人重役の発言権が強く、相対的に日本人重役の発言権が弱いこと、昭和三九年度夏期一時金闘争の際にも、右のような背景から組合員等は外国人重役を賃上げ等の闘争の実質的相手として考えて交渉をなし、被申請人会社従業員の多くもそのような考えでいたこと等が窺われ、右疎明を覆すだけの疎明はない。なるほど前記ビラに記載されているコントとしての内容は、勤務先の上司たる日本人重役を犬、猫にたとえたものであつて、一般社会人の良識ある行動とは決して言えないけれども、〈証拠〉によつて明らかなように本件コントは蒲田工場に設けられていたテクニカル・トレーニングスクール在校の技術員の一部が昭和四一年六月九日付「スクール号外」に記載したものを大磯支部において申請人等所属組合の夏期一時金闘争の一貫としてとりあげたものであり、かつ組合のとりあげ方は、前記スクール在校生に対してなされた被申請人による調査および注意について、日本人重役一般に対する批判あるいは不満の吐露とみるべき事柄についてまで右調査および注意等をすべきでないとして批難することを中心においたものであつて、右経緯からみると、一応右行為は組合活動として正当な範囲内にあるものというべきである。

なお申請人高橋は、〈証拠〉によると、同人は昭和四一年六月一三日は午前中神奈川地労委における不当労働行為の審問に補佐人として出席し、午後は東京都蒲田の組合事務所における中央執行委員会に出席していることが疎明され、右事実からみると同日のビラの作成、配付には現実には関与していないものとみるのが相当である。

四次に違法ピケッティングを指導実行したとの点について検討する。

(一)  被申請人主張のように申請人等が昭和四一年六月二日および同月一〇日ピケッティングを行つたことは当事者間に争いがない。

〈証拠〉によると、昭和四一年六月一日支部は支部斗争委員会を開いて翌二日のピケの実施につき具体的方針を協議し、大磯工場表口は組合の中央兼支部執行委員長である堀江和夫が、同裏口は申請人高橋および支部執行委員である三堀稔がそれぞれ責任者となつてピケを実施する。大磯工場従業員に対しては説得要員がストライキ参加を説得するが、説得に応じない者については、ピケ隊においてもあえて入構することは拒まないとのことであつた。

翌二日午前七時ころから組合はまず大磯工場表口において午前七時一〇分から勤務を開始するいわゆる一直勤務者に対しピケをなしたが、その程度は、ピケの人数も少なく、右勤務者の就労を妨害するものではなかつた。大磯工場の始業時間は通常午前八時五分であつたが組合は午前七時三〇分ころから表口において本格的なピケをはじめ、前列には外部労組員、後列には支部組合員がそれぞれ隊列を作り、入構する従業員に対してストライキに参加するよう説得をなした。ところが会社は約三〇名位のいわゆる職制を右ピケ隊の前面に配置し、ストライキへの不参加を説得したため、出勤してきた従業員の殆んどはピケ隊の間から入籍していく状態となり、組合としてはストライキ参加への説得という目的が十分達成できないところから、入籍の通路を完全に閉じることとし、午前七時四五分ころから通路を遮断した。右通路の遮断は始業時間の午前八時五分ころまで継続し、その間多数の従業員が入籍を阻止されて、約四五〇名位の従業員が遅刻することとなつたが、その中には組合のピケに共感して、組合がなしていた闘争資金のカンパに応ずるものもいた。

また同日大磯工場へ材料搬入等のため出入り業者がトラックにより同工場へ入構することとなつており、その中には納品しないで帰つていつたものもあつたものの、これは同業者がストライキと聞いて会社の指示により帰つたものであつた。

他方大磯工場裏口では、前記のとおり申請人高橋が支部執行委員三堀稔と共に責任者となり、組合員等一五、六名の者でピケを張つていたが、同工場表口において前記のように会社側の職制によるストライキ不参加への説得行動からピケ隊が通路を完全に閉じることとなつて、これに応じて裏口からの入構も阻止し、同入口から入構しようとする従業員は表口へ回るようにしむけるべく、申請人吉田が、堀江委員長の指示によつてその旨を申請人高橋等に伝達し、自らも裏口で右説得にあたつた。このためバスにより裏口にきた従業員は同入口からの入構を阻止されたが、その際ピケ隊員によつて右従業員に対して暴言ないし脅迫的文言があびせられるということはなかつた。

なお本件ストライキ闘争は申請人吉田が支部斗争委員長としてその活動を指導したものであるが、組合としての支部闘争委員長は堀江中央兼支部委員長があたつていた。以上の事実が一応疎明され、〈証拠判断省略〉。

右事実によると、なるほど組合がストライキの目的達成のためとはいえピケを張つて同日午前七時四五分ころから八時五分ころまでの間、従業員入構のための通路を塞ぎ、このため従業員の多数が入構できず、遅刻せざるを得なくなつたことは一般的にはそれら就労しようとした労働者の権利を奪い程度を越えた闘争手段といわざるを得ない。

しかしながら本件についてみると、組合がピケを張り通路を完全に閉じるに至つたのは、前記のとおり当日組合のストライキに参加するよう出勤してくる従業員に対して説得したのに対し、会社が不参加を説得してピケ隊と一部もみあいとなり、従業員が会社の指示によつてピケ隊を突破して右ストライキ参加への呼びかけおよび説得が事実上不可能となつたため、その時点で完全入構阻止の方針を決めたものであること、完全に入構が阻止された時間は約二〇分間であつたが、始業時間との対比からみると、同時間には解除されて、このため遅刻した時間もそれほど長時間に亘つたものとは考えられないこと、等一応の事情が存するのであつて、これらの点からみると、右行動は組合活動として適法でないということはできない。

被申請人は、申請人等は入構しようとする従業員に対して暴言をはきあるいは脅迫的言辞をあびせる等して入構拒否の態度を表明し、強いて入構しようとする者に対しては実力で阻止する等の暴力的行動に訴えた旨主張し、〈証拠〉中の一部には右にそう供述がみられるけれども、かりに右のとおりとしても、ピケ実施中に発言される言辞として著るしく相当性を欠くものとは断定しがたい。

(二)  次に同年六月一〇日のピケは、同日ピケが張られたこと当事者間に争いないところ〈証拠〉によると、同月二日のピケの際の状態から、組合と会社との衝突を避けるため、同月一〇日大磯工場若松総務部長、同北原労務課長と、堀江委員長および申請人吉田との間において、ピケは始業時間前に解除する旨予め話し合いがなされて行われ、現実に右時間においては解除されたものであつて、その間入構を希望する従業員が阻止されたものの、ピケ隊員によつて暴行等の実力行為は行われなかつたことが一応認められるから、これをもつて違法な組合活動ということはできない。

五、次にロビー前の集会について判断する。

申請人等の指導する組合が、昭和四一年六月六日は午後四時四五分から六時までの間、同月三〇日は午後四時三〇分から午後五時一〇分までの間いずれも大磯工場ロビー前において集会を行つたことならびに右集会がいずれも事前に会社の許可を得ないでなされたものであることは当事者間に争いがない。

〈証拠〉によると、大磯工場ロビー前は、従来から闘争の際には集会の場として利用され、昭和三五年以降についてみても同年六月、一一月、昭和三七年一〇月、一一月、昭和四〇年六月、一一月等の各賃上げ、一時金闘争の際いずれも同所で集会が行われてきた。昭和四一年六月六日の集会は、勤務の終了した午後四時四〇分すぎころから組合員約六〇名が集まり、夏期一時金闘争のため翌七日から三日間同工場で予定していたリレー・ストライキに向けて組合員の闘争意欲を高揚し、その具体的方針を討議するため行われ、同日午後六時ころまでの間、組合員等は合唱し、シュプレッヒ・コールをし、あるいはハンドマイクを用いての発言があつた。しかしてその時間帯は、勤務時間終了後で同工場内では交替制勤務者が作業についていたが、右集会により、作業に悪影響を及ぼすものではなかつた。

〈証拠〉によると、同月三〇日の集会は継続している夏期一時金闘争に関し前日行われた蒲田、関西両支部のストライキに呼応して組合員の闘争意欲を高揚するために開催されたこと、その集会の規模、態様は前記六月六日の集会と略同様であつたこと、申請人高橋は当時腰痛のため六月二七日から一〇日間会社を休んでいたこと以上の事実が一応認められる。〈証拠判断省略〉

しかして就業規則によると右集会等の場合会社の許可を得なければならないこと前記のとおりであるけれども、本件闘争の経緯等当時の状況からみると、右各集会をもつて組合活動を逸脱した懲戒解雇事由となるべきものと言えず、申請人高橋については、組合の指導的立場にあつたことに照しても六月三〇日の集会には現実に集会に参加していないことからして、その責任を問うことはできないものというべきである。よつて右の点についての被申請人の主張は理由がない。

六次に本社内侵入および暴行、傷害行為をなしたとの主張について判断する。

申請人等の指導する組合が昭和四一年六月一一日被申請人会社本社にデモをしたことは当事者間に争いがない。

〈証拠〉を総合すると、つぎの事実が一応認められる。

本社へのデモは、昭和三七年本社ビルが完成後、毎年闘争時に組合員等によつて行われてきたが、昭和四一年度夏期一時金闘争においても、本社ヘデモを行うこととし、同年六月一一日大磯、蒲田、関東各支部の組合員約八〇名が集まり、第四回目のデモを実施することとなつた。

ところで会社は前月一六日約三〇名位の組合員が本社内に入り、会社との団体交渉を求めるということがあつたことおよび前日である六月一〇日蒲田工場においても支援団体員を含む組合員等が同工場内に入つて気勢をあげたことがあつたところから、本社玄関に「スト中の組合員は社内に入場を禁ず」との掲示を出して、組合員等の本社内への入場を禁止し、山脇労務課長をはじめとして本社の警備にあたらせていた。

同日正午ころになると、参集した組合員は約八〇名となり、うち支部所属の女子組合員が本社を警備する警備員に対して便所の使用を申し入れたところ拒否され、このため、野尻中央書記長が本社B玄関におもむき同所で守衛を通じて山脇労務課長に話し合いを求めたが、同課長は前記蒲田工場での状態等を述べて本社内に入場することを許さなかつた。申請人両名は他の組合員等と共に本社B玄関脇口からドアーを開け右山脇労務課長と野尻書記長とのやりとりを見ていたが、同課長は本社内への入場を拒否したうえ申請人両名等に対しても同所から退去するよう言い渡し、同課員および守衛等に命じて申請人等を含む組合員を押し出すようにしたため、ここに本社内に入れろ入れないとの押し合いとなり、申請人吉田は山脇労務課長と申請人高橋は大塚守衛長といずれもほぼ前面に向い合う位置でもみ合いとなつた。この間申請人等は腕を前方に押し出すなどしていずれも相手を押していたが、その際の双方のもみあいにより山脇労務課長および大塚守衛長はいずれも安静加療約一週間を要する胸部打撲の傷害を蒙つた。さらに同守衛長は申請人高橋を押して同人が後退したため、前かがみの姿勢のまま前方にすすんだ際、申請人高橋の手が同守衛長の眼鏡に触れ、そのため眼鏡が落下してそのつるが折れて破損した。以上の事実を一応認めることができ、〈証拠判断省略〉

右事実によると、申請人両名を含む組合員等が本社内に入場しようとしたのは、支部所属の女子組合員が本社警備員に対し本社内の便所の使用を申入れたことが契機となつたことが一応認められるところであるが、さりとて申請人等デモ参加者において、もし便所の使用を許されたならば、単に本社内への入場がそれのみで終つていたかは、当日のデモの目的および当日までの闘争の経緯に照らしてにわかに速断し得ず、会社として前記のように本社内への入場後の事態を憂慮して、便所の使用を拒否したことは、右事情下において明らかに不当な処置とは言い難い。しかして山脇労務課長および大塚守衛長がそれぞれ申請人等を含む組合員等とのもみあいによつていずれも胸部付近に傷害を蒙つたこと前記のとおりであり、相手方に対する暴行、傷害行為はその程度が特に著るしく軽微な場合に、周囲の状況から闘争手段として正当化される場合が存することを全く否定し得ないが、本件においては、デモの程度を越え、しかも本社内への入場を拒否した会社側に対する抗議手段としては適法性の範囲を逸脱したものと言わざるを得ない。しかしながら諭旨解雇とはいえ、従業員としての地位を奪うものであり、申請人両名の前記一応の認定の行為に、当日までの闘争の経緯等諸事情を総合的に考慮すると、これをもつて申請人両名を諭旨解雇とすることはその懲戒権の程度を越えた処分と言うべきである。

よつて本件解雇の意思表示は無効というべきである。

七ところで本件解雇の意思表示がなされた当時申請人吉田は一カ月金三万〇五〇〇円、同高橋は一カ月金二万五四〇〇円の賃金を被申請人会社から支給されていたことおよび右賃金は前々月二一日以降前月二〇日までの分を毎月二〇日に支給される約であつたこと、被申請人は昭和四一年一〇月二九日以降申請人等に対していずれもその賃金の支払いをしないことならびに被申請人は申請人等の就労を拒否していることはいずれも当事者間に争いがない。

そして〈証拠〉によれば、申請人等は被申請人から支払われる賃金をもつて唯一の生活収入としており、その生活を維持してきたことが一応窺えるのであつて、以上各事実によれば被申請人は申請人吉田に対して一カ月金三万〇五〇〇円を、同高橋に対して金二万五四〇〇円をそれぞれ支払う義務あるものというべきである。

八以上のとおり申請人等に対してなされた本件解雇の意思表示は無効といわざるを得ず、右解雇の無効および解雇の無効を前提として賃金の支払いを求める申請人等の本件申請はいずれも疎明があるからこれを認容することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(柏木賢吉 花田政道 板垣範之)

就業規則

第八条 社員は会社の信用を傷つけ又は会社の不名誉となるような言動をしてはならない。

第一二条 社員は事業場内において政治活動をしてはならない。又、事業場内において業務外の集会を行う場合、その責任者は事前にその日時、場所、目的、参加者氏名等を明らかにして会社の許可を得なければならない。この場合、会社の承認があれば参加者氏名を省略することができる。

第一三条 会社の許可なく所定の場所以外に業務外の印刷物の掲示、貼紙を行い、又は就業時間中にこれらを配付する等の行為をしてはならない。又掲示、或いは配付する場合、その内容が次の各号の一に該当するものであつてはならない。

一、私的人身攻撃に亘るもの。

二、野卑に亘り嫌悪、ひんしゆくをさせるもの。

三、会社を誹謗し会社及び社員の体面を汚すもの。

第一一二条 社員の行為が次の各号の一に該当する場合は情状に応じて譴責、減給、出勤停止、昇給停止又は降格に処する。

一、本条において特に定める事項のほか就業規則又は会社の諸規定に違反したとき

四、規則に定める手続や届出を故意に怠り、または詐つた届出をしたとき

第一一三条 社員の行為が次の各号の一に該当する場合は懲戒解雇に処する。但し、情状酌量の余地があるか又は改悛の情が明らかなときは懲戒解雇を免じ諭旨解雇とするか前条に定める懲戒処分に止めることがある。

二、就業規則または会社の諸規定或いは業務上の指示命令に従わず、会社の秩序を乱し、その情の重いとき

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